杉田秀夫のwiki高校・大学、学歴は?瀬戸大橋建設で残した経歴と名言!【アンビリバボー】

こんにちは!

今回は、「奇跡体験!アンビリバボー」にて生き様を取り上げられた、

瀬戸大橋建設の杉田秀夫(すぎた ひでお)さんについてリサーチしてみました。

杉田秀夫さんについてアンビリバボーでは、

多くの人の夢と希望を乗せた、本州と四国をつなげる瀬戸大橋建設プロジェクト。その一大プロジェクトの裏側、誰も知らない壮絶な男・杉田秀夫の生き様に迫る!

と紹介されています。

既に亡くなっている杉田秀夫さんですが、

一体どのような経歴や学歴の持ち主だったのでしょうか?

最後には杉田秀夫さんの名言もまとめてみました!

是非最後まで見てみてくださいね!

<目次>

  1. 杉田秀夫のプロフィール
  2. 杉田秀夫の経歴と功績
  3. 杉田秀夫の高校・大学、学歴は?
  4. 杉田秀夫の名言


1.杉田秀夫のプロフィール

引用:https://www.pref.kagawa.lg.jp/documents/14715/64_67.pdf

名前  :杉田秀夫(すぎたひでお)

職業  :本州四国連絡橋公団坂出工事事務所長

生年月日:1931年(命日1993年 62歳)

出身地 :千葉県

杉本秀夫さんは、四国と本州を始めてつないだ「瀬戸大橋」建設時の、

言わば建設リーダーのような方でした。

瀬戸大橋ができる以前、

本州と四国間の移動は船のみで、

宇高連絡船の「紫雲丸」がその役割を果たしていました。

しかし1955年、濃霧により紫雲丸が貨物船と衝突し、

修学旅行中の小・中学生100人が亡くなるという痛ましい事故が発生しました。

この事件をきっかけに、「瀬戸内海に橋を架けてほしい」という思いが、

四国の人々の中でより一層強くなったのです。

その想いに対し、技術者として尽力したのが杉田秀夫さんでした。

瀬戸大橋とは本州の岡山県倉敷市と、

四国の香川県坂出市を結ぶ10の橋の総称です。

1988年に杉田秀夫さんを中心として施工メンバーのおかげで、

瀬戸大橋が全線開通し、それにより初めて四国と本州が結ばれました。

杉田秀夫さんが称えられるのも納得です。


2.杉田秀夫の経歴と功績

1954年 杉田秀夫さんは大学卒業後、日本国有鉄道(現:JR)に入社。

1970年 本州四国連絡橋公団に赴任

1972年 上記公団の坂出工事事務所所長になる

1973年 瀬戸大橋起工式を目前にオイルショックによる工事の延期が決定

1978年 工事再開

1982年 本州四国連絡橋公団設計部長として東京本社に転勤

1985年 海洋架橋調査会理事になる

1988年 瀬戸大橋が全線開通

そうです、杉田秀夫さんは全線開通前に現場を離れていたのです。

全線開通の日、杉田秀夫さんは東京にいたようです。

後に杉田秀夫さんは、

「瀬戸大橋の建設に最も具体的なかたちで関わることができた。

 これ以上の報酬はない」

と語っていましたが、

華やかな式典に参加するよりも、

自分の志を成し遂げられたことの方が、

杉田秀夫さんにとっては何よりの喜びだったのかもしれません。

漢の中の漢です。


3.杉田秀夫の高校・大学、学歴は?

そんな杉田秀夫さんですが、

実はめちゃめちゃ高学歴でした!!

高校は香川県立丸亀中学校(現:丸亀高校)を卒業し、

その後、東京大学工学部土木工学科へ進学・卒業しておられます。

あくまで参考までですが、

現在の丸亀高校の偏差値は68。

東京大学をはじめ、旧帝国大学や有名私立大学へ、

毎年多くの生徒さんが進学されております。

東京大学は言わずもがなですね。

頭のいい人がいくところです。


4.杉田秀夫の名言

杉田秀夫さんの名言をいくつか集めてみました!

巨大なものを作ったからと言って、

作った人間の人生が偉大であるわけではありません。

技術的経験の深さと、

人生の深みはとは全く別の事なのです。

人生の深みは、

人間的な迷い・悩み・苦しみの深さを通して

生まれるものだと思います。

男は常に沈着冷静であらねばならない。

いかなる苦境にたっても、

うわずった声を出してはならない。

悠々と構えよ。淡々と語れ。

五分五分ならば、やる方にかける

えぇ…

かっこよすぎませんか…

真に仕事に向き合っていたからこそ、

嘘偽りのない言葉が出てくるんでしょうね。

心を打たれました。


まとめ

今回は、瀬戸大橋を建設された杉田秀夫さんについてリサーチしてみました。

いかがだったでしょうか?

全体を通して、

個人の利益よりも、人の為・後世の為を思って仕事をされていた印象です。

大きなものを作り上げても、驕ることなく淡々とやるべきことをやる。

そういう人間性も評価されて、

今でも銅像として残され、テレビでも特集されるんでしょうね。

陸から四国へ渡る際は、杉田秀夫さんへの感謝を忘れないようにしたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする